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東日本大震災から10年経って思うこと

2011年3月11日14時46分。東日本大震災が発生して10年経ちました。

被災された方々に対して心よりお見舞い申し上げます。

震災当時、私は前職の開発部門のテストコースの事務所にてデスクワークを行っていました。

地震の揺れは最初こそ強くは感じませんでしたが、時間が経つにつれ揺れが強まり、机の上の物が落ち、棚は倒れ、天井の一部が剥がれ落ちました。

その後、テストコース内の旋回試験場へ避難しましたが、避難後にも大きな揺れが…。開発車両やベンチマークの対象車両が大きく揺れていました。

私が住んでいる群馬県太田市は、震災の被害は比較的少なかったのですが、それでも最大震度は震度5強(震度6弱とも言われている)。民家の屋根の瓦が落ち、塀が所々で崩れていました。

大変だったのは、地震発生後の停電やガソリン不足。当時、私は東京都三鷹市の事業所と行き来していたので、仕事や普段の生活の障害になりました。現在はテストコースの事務所は新しい建物となり、耐震性も強化されています。

あれから10年。『復興』活動こそ進んでいると思いますが、大きな疑問が…。

『復興』とは一体何なのだろうか? 誰が?何を?どこまで?いつまで?なぜ?どのように?お金は?

福島第一原発の廃炉まで30年から40年かかると言われています。その間、同じ方が廃炉作業に関わることは決してありませんし、廃炉の期間や廃炉を判断できる基準、廃炉にかかる費用も当初の目論見と大きく変わるかもしれません。

また、三陸地方では街の整備が進んでいるだけでなく、高齢化が急激に進んでいると、多くのメディアで報じられています。震災前と同じ生活環境に戻ることは到底想定しがたいです。

要するに何が言いたいかというと、10年前と『復興』の定義とか目標、基準そのものが変化しているのです。なぜなら、人々は震災後に数多くの経験をし、これらの経験を踏まえ価値観が日々更新されているからです。

変わらないのは現在までの経験、体験、事実だけです。

我々は常に変わらなければいけません。少しずつでいいから。

これは、おおた開発効率化プロジェクトのミッションでもあり、私自身にも言い聞かせています。

変わらなきゃ!!